私が古典派音楽を好きになれない理由

クラシック音楽史において1730年代から1820年代までの時期のことを古典派と呼びます。
この時代の作曲家は古典派作曲家と呼ばれ、ハイドン・モーツァルト・ベートーヴェンといった偉人が活躍しました。

さて、あなたはこの古典派時代の作曲家が作った曲は好きですか?
私は実はあまり好きではなかったりします。

今回はなぜ私が古典派音楽が好きになれないのかを綴っていくとしましょう。

クラシック音楽 古典派

古典派の特徴

クラシック音楽史における古典派とは一般的にバッハがこの世を去った1750年からベートーヴェンが亡くなる1827年までを指します。
バッハが生きたバロック時代は貴族と教会のために音楽が存在していましたが、古典派時代になるとフランス革命をキッカケに貴族のための音楽から市民のための音楽へ脱却が始まります。

このような背景の元、ハイドン・モーツァルト・ベートーヴェンの3大古典派作曲家は「音楽の形式」を確立させ、次世代の音楽家に多大なる影響を与えていきました。

この古典派音楽はベートーヴェンの交響曲において頂点に達し、その後はロマン派の作曲家が古典派形式からの脱却を果たし、クラシック音楽の絶頂期を迎えます。

つまり古典派はバロック時代とロマン派の橋渡し役を担った時代だったわけです。

ここで重要となるのが赤線を引いた「形式」という言葉。
この時代の「形式」に興味を持てるかどうかが古典派を好きになるか嫌いになるかに繋がります。

堅苦しく感じるソナタ形式

古典派の時代はクラシック音楽における様々な形式が確立した時代です。交響曲や弦楽四重奏とったクラシックの定番ジャンルも古典派の時代に生まれました。

特に「ソナタ形式」が確立されたことは重要事項であり、このソナタ形式こそがこの時代のカギとなる形式なのです。

ソナタ形式ってなに?

簡潔に説明しますと、ソナタ形式=ガッチガチに固めた楽曲のルールです。

こんな命令

主題と呼ばれるメインフレーズを弾いたら次は推移と呼ばれる音の羅列を弾いて、○○の調に転調な!

そしたら次は主題を自由に展開していいけど、展開し終わったらまた最初の主題をリピートな!でもリピート時は転調すんなよ?最初の調で最後まで押し通せよ?

このようにソナタ形式で作られた曲は絶対的なルールに基づいて作曲されます。ルールが決まっているからこそ聴き手はそのルール内での創意工夫を楽しめるわけなのですが、ソナタ形式のルールを熟知するには割と高度な音楽知識と興味が必要であり、とっつきにくさはロマン派音楽や印象派音楽の比ではありません。

フィーリングで、なんとなくで楽しめないわけです。

また、この時代は和声学(ハーモニー)も確立され、「美しい和声」とされる音の進行もルール化されました。

この和声学もルールが細かく、厳密にルールを守ると曲の自由度がなくなります。

○○の和音からこの和音に進むと美しい。あ、でもこの音からこの音にはつなげちゃ駄目ね。
その和音からその和音には進行しちゃダメ。あ、それも禁則事項。

和声学は現代でも音大作曲科受験の必須科目となっている作曲の基本知識ですが、蓋を開けるてみると「これ駄目ルールブック」です。(全3巻)
ソナタ形式のルールに加え和声学のルールを忠実に守ると、あら不思議。作られる楽曲はどれも同じに聴こえてきます。

これこそが私が古典派音楽が苦手な理由なのです。
ルールを熟知しないと楽しめない上に、ガッチガチに固められた形式の中で作られる曲はどれも似たような曲となる。一般的な現代人にとっては古典派音楽は難しすぎるのです。

古典派=カツラを被った作曲家の最終形態

クラシック音楽に詳しくなくても、ロマン派以降の作曲家とロマン派以前の作曲家を見分けることができます。

その見分け方はカツラの有無です。(若干乱暴な当てはめ方ですが、、)

古典派以降、クラシック音楽界はショパン・メンデルスゾーン・リストといったロマン派の時代に切り替わっていきますが、彼らはカツラを着けていません。
しかし古典派及びバロック時代の作曲家は大半がカツラを被っています。

それはなぜか?答えは古典派の音楽家は貴族に雇われ、富裕層に向けて曲を書いた人物が多いからです。

ハイドン カツラ

この時代の作曲家・演奏家は宮殿の中で王族や貴族に向けて演奏するので、失礼にならないようには「カツラ」をかぶる必要性がありました。

そのため、肖像画は皆カツラを被っていたわけです。

ただ、古典派時代においては徐々に絶対王政は壊れ始めており、古典派とロマン派を繋いだベートーヴェンの時代に入るとカツラを被った作曲家はいなくなりました。

カツラを被らなくなった理由は音楽が貴族や教会のものだけではなく「市民のモノ」となったから。貴族の元でもなくても作曲家は職業として成立する時代になったわけです。

※カツラを被っていない古典派作曲家:ベートーヴェン

古典派の作曲家はサラリーマン作曲家

古典派までの作曲家は貴族に雇われ、貴族のために曲を書く云わばデザイナー。ロマン派以降は自己表現のための音楽云わばアーティストです。

古典派の音楽を聴くと「優雅でお上品」な音楽に聴こえませんか?それは古典派の作曲家が貴族階級のスポンサーからお上品な音楽を書いてくれと依頼されて作った曲だからです。

貴族 古典派音楽

現代でもデザイナーはクライアントがいて、要望に沿った作品を提供しますよね?それと同じで古典派音楽家は「貴族が好む」作風という枠組みの中で試行錯誤して曲をつくっていました。

なので、「上品なメロディーが鼻に突く」「どれもこれも同じに聴こえて何がいいのか分からない」といった感想を持つことは当たり前なのです。

クラシック音楽に幼少期から親しんできた方なら違う感想を抱くかもしれませんが、大多数の感性では古典派音楽はロマン派音楽よりも分かりづらく聴きにくい音楽であるといえます。

モーツァルトだって好きで優雅な曲を作りたかったわけじゃない

α波を放つといわれているモーツァルトの曲もいわばスポンサーの依頼によって作られた曲であり、彼は本当は短調の曲を好んでいたといわれています。
ただ、モーツァルトが生きた時代は社会が不安定であり「明るく優雅な長調の曲」の依頼が集中しました。その結果モーツァルトが作曲した曲において短調の曲は16分の1しかなく、本当の彼の感性は発揮できずに生涯を終えてしまったのかもしれません。

古典派という括りとしてはモーツァルトの曲は非常に聴きやすいです。しかし、晩年に放った「レクイエム」(ロト7/クラシカロイドで有名)のような狂気をはらんだ曲こそ彼が本当に作り上げたかった曲なのだと思います。

 

最後に

貴族のための音楽から市民のための音楽へ変わっていく転換期に作られた音楽。それが古典派音楽です。
この時代の作曲家は貴族やスポンサーの要望に応える形で曲を作っていたので、必然的にどの曲も似たり寄ったりの曲調となっています。
また、形式も理論的にガッチガチに固められていたので、ロマン派以降の曲と比較すると自由度は低めです。

もちろんソナタ形式に魅力を感じている人もいますし、古典派音楽の曲調が好きという方もいます。
ただ、私はこの不自由さと優雅で軽やかな曲調があまり好きではないので、基本的には古典派音楽は聴きません。(ベートーヴェンのピアノソナタは好きですが、、)

クラシックはなにも全てのジャンルを網羅する必要はありません。好きなジャンルの好きな曲をマイペースに聴いていれば良いのです。

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