日本の社会システムじゃ「やりたいこと」なんて中々見つからない

よい高校に入学し、よい大学に入り、よい会社に入る。
それが当たり前の価値観だった時代から多種多様な価値観が認められるようになりつつある現代社会においても、「やりたいこと」が分からない人は大半を占めます。
私はこれは日本の教育システム及び社会システムの弊害だと思っています。

日本 社会システム

人生の方向性を決めるまでの期間が短すぎる

日本は新卒一括採用システムであるが故、新卒で優良企業に入社しなければその後の人生が不利になります。

また、大学生の就活は3年生(早ければ2年生)で始まるので、20歳前後で生涯に渡ってやりたい仕事を決定しなければいけません。
20歳前後という年齢は中学を卒業してから僅か5年という期間です。
この短い期間の間にやりたいことを見つかるなんて大多数の方ができないと思います。

小学校では「回れ右」「臨海学校で遠泳」「組体操」「班行動」といった旧日本軍的な教育を受け、中学に入れば部活動や塾に追われ、本当に興味のあることを探す時間なんてありません。

それに学校の村社会で生き抜くためにはエネルギーが必要です。嫌われないように周りに気を使ったり、スクールカーストで上位から転落しないように振舞ったり。

日本 学校教育

そんなこんなで日本的人間関係に悩んでいる間にあっという間に高校生。次は大学受験のために早くも志望学部を決めなければなりません。
2年生になるころには文系・理系(早ければ1年)に分かれるので、この時点で選ばなかった方の選択肢は急激に絞られます。

 

さて、いつ自分の興味や関心について掘り下げる期間がありましたか?
医者・スポーツ選手・芸術家の家庭といった専門性のある家庭環境ではなく、一般的なサラリーマン家庭で育った場合はなかなかやりたいことなんて見つからないはずです。

親にやりたいことや趣味がないないのなら猶更のこと。
結果的に本当に学びたい学部も分からないまま「偏差値が高い」「就活に有利」といった理由で大学に入り、少しでも良い企業に入るためにリクルートスーツに身を包みます。

これがごく一般的な日本の就職までのスタイルです。そして、日本社会はこのような流れを通じて企業に入り、社会人として活躍するのを推奨しています。

無駄なことを考えずに協調性を重視し、会社の為に尽くす。そして逆らわずにいうことを聞く。
まさに企業人としてのこれ以上の存在はありません。

社会人になったらやりたいことを見つける暇がない

学生の時にやりたいことが見つからず社会人になった場合、ますますやりたいことなんて見つかるわけがありません。近年は少しづつマシになってきてるとはいえ、まだまだ日本で正社員として働くことは心身ともに過剰な負担がかかります。

1日8時間労働でも趣味や家庭との両立が難しいのに、毎日残業があったり休日出勤があったりすればプライベートな時間はほぼ失われます。
ましては有給が取りづらい職場であるならば猶更のこと。

義務教育から常に余裕のない生活を送った結果、やりたいことが見つからず、仕事しかやることがない人間が量産されるわけです。

スーツ

私の父親も仕事しか趣味がない人間なのですが、会話する内容が「仕事はどうだ?」しかなく、さも「仕事」だけが人生であるような話し方をします。
子どもがどのようなことに興味をもっているのか、何がしたいのかという点には興味がなく、社会人として会社に尽くすことが人生だと完全に思い込んでしまっているのです。

やりたいこともわからないまま仕事をはじめ、やりたいことを見つける暇もなく、趣味も持てずに年を取っていく。
本当にこれでよいのかと疑問を持ってしまいます。

-欧州の大学生は年齢層がだいぶ違う-

日本では高校→大学→就職が定番パターンなので、大学は20歳前後の年齢層が基本です。しかし、北欧や欧州の大学は高校卒業後にバイトやインターンシップ、旅行をして、自分が本当にやりたいことを見つける期間があり、ある程度やりたいことの目途が付いてから大学に入学します。
また、日本の就活のような一括採用システムはなく、自分のペースで仕事を探すことも可能です。一度社会人になってから大学に入ることもザラであり、自分のやりたいことを探せる環境が日本より断然に整っています。
若者の為の就活予備校ではなく、ちゃんと勉強をする場所として機能しているのですね。

ちなみに北欧や欧州の大学は学費が無料の国が多く、借金というリスクを負わずに勉強の機会を得られます。これも日本と大きく異なる点です。

欧州 大学

私は日本が治安・食事・娯楽において最高の国だと思っていますが、「人生を豊かにするシステム」に関しては先進国の中では非常に劣っていると思います。

なんだかんだいってレールから脱落すると生きづらいのは今も昔も同じです。やりたいことを見つける余裕すらないことが自殺大国に陥る原因の一つだと思います。

疑問をもってしまうと逆につらい

これでいいのか。。人生をもっと有意義なモノにしたい。。
社会人になってからこのような想いを持ち始める方は少なからずいるはずです。

しかし、新卒一括採用システムのせいで「何かを始める」「何かを勉強をする」ことがリスクとなってしまいます。

基本的には大企業や一流企業は新卒の時しか入れません。転職で入るにしてもキャリアを積んでいき、一流企業→一流企業の流れで入るしかないわけです。
そのため、一度でも会社を辞めて大学に入り直したり海外留学に挑戦しようとすると、たちまち再就職が不利になってしまいます。

なので、仮に「これをやりたい!」と思ってもなかなか会社を辞められないわけです。
そしてそれを分かっているからこそ、自分自身の本当にやりたいことを理解しようとする気持ちが失せ、何かにチャレンジすることをしなくなります。

結局は取り合えず入社した会社で社会人として、その会社で生き抜いていくためのスキルを上げていくことが一番無難になってしまうのです。この人生に疑問を持たず、「当たり前」だと思うことができれば人生は生きやすいですが、疑問を持ってしまうとこれが結構つらい。。

やりたいことが見つかったら

社会人になってからでも、ふとしたキッカケで本当にやりたいことが見つかるケースがあります。
その場合は仕事を辞めて「やりたいこと」をするべきか迷うはずです。

やりたいことをやるべきです!

と本来は言いたいところですが、正社員という立場を辞めるリスクは日本においては余りにも大きく、「やりたいこと」の種類にもよりますが、堅実に企業人としての人生を歩んだ方が賢い選択になるかもしれません。

しかし、現代の日本は団塊世代やバブル世代とは異なり、会社に尽くしても報われる可能性が低くなってきています。なので、もしやりたいことが見つかったのなら、いっそのこと好きなことにチャレンジしてみるのも良いかもしれません。

チャレンジ

何も一流企業の社員になることが人生ではありませんし、正社員であることが偉いというわけでもありません。バイトをしながら好きなことをするのも良いですし、パフォーマンスの悪い社員に甘んじながらプライベートを優先する人間になっても良いのです。

こうあるべきである。このような生き方が正しいと思い込みさえしなければ、案外楽に生きることができるかもしれません。

結果的に給与が減ったり世間体が悪くなってしまうかもしれませんが、お金は工夫すればよく、世間体は気にしなければOKです。

折角昔よりも価値観が多様化してきているのですから、一度しかない人生を楽しむことも大いにアリだと思います。

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