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音楽教育家 レオポルト・アウアーについて

音楽教育家 レオポルト・アウアーについて

私は現在「アウアーに基づく教本」をヴァイオリン教本として使っています。

アウアーはハンガリーの音楽家であったレオポルト・アウアーのことを指しますが、一体彼はどのような人物だったのでしょうか?

今回はレオポルト・アウアーについてザックリではありますが、掘り下げていこうと思います。

レオポルト・アウアーについて

氏名 レオポルト・アウアー
生誕 1845年6月7日
オーストリア帝国 ヴェスプレーム
死没 1930年7月15日
ドイツ国 ロシュヴィッツ
職業 ヴァイオリン奏者、指揮者、作曲家

レオポルト・アウアーは1845年にハンガリー ヴェスプレームに生まれたユダヤ系のハンガリー人です。

ウィーンの作曲家ヤーコプ・ドントからヴァイオリン及び音楽理論を学び、1868年からはロシア西部の都市サンクトペテルブルクにてヴァイオリン奏者・教育者として活躍しました。

音楽教育家 レオポルト・アウアー

作曲家・奏者としての実績もありますが、アウアーが最も音楽界に影響を与えたのは教育分野です。

当時黄金期にあったロシアにて、アウアーはペテルブルク音楽院の教授として49年にわたり教壇に立ち、ハイフェッツ、エルマン、ジンバリストといった時代を代表するヴァイオリニストの育成を行いました。

ロシア五人組、チャイコフスキー、サラサーテといった作曲家とも親交があり、ヴァイオリン界の重鎮として音楽に一生を捧げた人物として知られます。

晩年はアメリカにて活動

長年に渡りロシアにて教鞭をふるったアウアーですが、ロシア革命による旧体制の崩壊に遭遇したことをキッカケに1918年にアメリカに移住します。

音楽教育家 レオポルト・アウアー

アメリカに渡った時点で70歳を越えていたアウアーでしたが、最後まで音楽家・教育家としての情熱は失うことはなく、ペンシルベニア州にある都市フィラデルフィアにてカーティス音楽院の教壇に立ちました。

ここでもアウアーは数々の演奏家を育てあげ、音楽界に大きく貢献します。

最後はドレスデン郊外のロシュヴィッツにて85年の生涯を終えましたが、その功績は今でも色褪せることなく現代に語り継がれています。

※ロシア革命の際にあらゆる記録や資料を失ってしまったため、アウアーに関する情報は他の音楽家と比較すると非常に少ないようです。

アウアーのメソッド

アウアーは曲の構成を生徒に把握させることに長けていたといわれており、曲と奏者を同調させる独自の指導法をもっていたようです。

音楽への深い理解を求める厳しいレッスンを生徒に課していたとされていますが、決して精神論に染まるわけではなく、経済的に苦しい生徒に手を差し伸べるなど優しい一面も持っていたとされます。

音楽教育家 レオポルト・アウアー

また、アウアーは手がかなり弱いという身体的なハンデを抱えていた人物であり、それを補う為に編み出された演奏メソッドは現代においても高い評価を集めています。

アウアーのヴァイオリン奏法に関する書籍は洋書を中心に残されており、一部は日本語訳されて書店に並べられています。

私が使ってるバイオリン演奏の段階別教本第1巻は日本語翻訳されてないみたいです。

音楽教育家 レオポルト・アウアー

国内においては鈴木メソード・篠崎ヴァイオリン教本などが教本として活用されることが多いですが、アウアー教本を用いてレッスンをするところも少しづつ増えているようです。

私はたまたまアウアー教本を使うことになったに過ぎませんが、これも縁なので今後も少しづつアウアーについて調べていこうと思います。

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