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ピアノの進化と歴史を知る。鍵盤楽器の系譜をわかりやすく紹介

ピアノ 歴史

年齢性別問わず世界中で愛される楽器の王様「ピアノ」。広い音域と美しい音色を持ち、伴奏からソロまでありとあらゆるシーンで活躍してくれます。今では当たり前に存在するピアノですが、実は現在の姿になったのは20世紀頃であり、それ以前は外観やメカニカルが異なる別の楽器として親しまれてきました。
この記事ではピアノがどのように進化を遂げてきたのか、どのような種類があったのか、ピアノの歴史を細かく解説していきます。ピアノが好きな方だけでなく、楽器に興味がある方にも読んでいただけたら幸いです。

目次

ピアノの祖先「ダルシマー」

ピアノは弦をハンマーで叩くことで発音する鍵盤楽器の一種です。打楽器と弦楽器の特徴も併せ持った打弦楽器にも分類されることから「一本の弦楽器」がピアノの起源だと言われています。
また、直接の祖先としては11世紀に中近東からヨーロッパに伝えられた楽器「ダルシマー」が挙げられ、このダルシマーを基礎にピアノとしての進化を遂げていくことになります。

ダルシマー

ダルシマーはハンマーと呼ばれるばちで打って演奏する楽器です。弓で擦るわけでなく、はじくわけででもなく、弦を叩いて音を鳴らすことからピアノの祖先と言われるようになりました。同系の楽器としてはハンガリーの「ツィンバロム」、イランの「サントゥール」などがあり、いずれも音色においてピアノと類似点があります。
ちなみにダルシマーは現在でも使用されており、世界各国に演奏家がいます。小型な楽器から大型な楽器まで豊富なラインナップがあるため、幅広い世代に人気です。

ツィンバロム
ツィンバロム
サントゥール
サントゥール

ツィンバロムやサントゥールも形状や音色に差こそありますが、弦を叩いて音を鳴らすことは同じです。
ダルシマーが祖先であるという説が有力ではありますが、こちらの楽器もピアノの歴史の一部であると言えるでしょう。

ピアノの前身楽器「クラヴィコード」「 ハープシコード」

ダルシマーからピアノに一歩近づいた形となったのは「クラヴィコード」からです。
ピアノの前身楽器であるクラヴィコードは14世紀頃に生まれ、16世紀にヨーロッパ全土に普及しました。
打鍵することで鍵盤についている真鍮棒が弦を突き上げる設計となっており、白鍵と黒鍵の配色が現在のピアノとは逆。
現在のピアノと比較すると簡素な設計で作られていて、安価で調律が安定していたことから家庭用楽器、練習楽器として広く普及しました。

クラヴィコード

クラヴィコードの名称はイタリア語の「クラヴィ(鍵)」と「コルダ(弦)」が由来です。年代によって様々なデザインのクラヴィコードが存在しており、楽器装飾の技術も進化を遂げています。
主にJ.Sバッハやヘンデルが活躍したバロック時代において活躍し、クラヴィコードを使って無数の名曲を生み出しました。

4~5オクターブの音域を持つため楽器としての実用性は高まりましたが、音量に関しては非常に小さく、ダイナミクスをつけることが難しい楽器であったといわれています。この時代に作曲された曲「音量が出ない楽器」を使って作曲されていることを知っておくと、楽曲に対する理解が深まります。

ハープシコード

クラヴィコードの次に普及した鍵盤楽器として「ハープシコード」があります。こちらは「チェンバロ」とも呼ばれ、現在でも古楽器愛好家に親しまれています。こちらも14世紀頃に誕生し、クラヴィコードと共にこの時代の音楽シーンを支えました。
クラヴィコードは弦を叩くアクションでしたが、ハープシコードは弦をはじくアクションが採用されており、見た目は似ていても構造が異なります。弦をはじく性質から煌びやかな音が鳴り、出す音量も大きくなっています。

ハープシコード チェンバロ

見た目のデザインに関しては、クラヴィコードよりもハープシコードの方が現在のピアノの形に近いです。実際ハープシコードの形を基にピアノはどんどん進化を遂げていくことになります。
ただ、ハープシコードはクラヴィコードより更に強弱を与えづらい性質を持つため、ダイナミクスに欠けるという弱点を持っていました。音域は4~5オクターブの音域を持ちながらも、表現の幅はまだまだ発展途中だったといえます。

家庭用の鍵盤楽器「ヴァージナル」「スピネット」

この時代の鍵盤楽器として「ヴァージナル」と「スピネット」という小型楽器が存在します。これらの楽器は貴族家庭の楽器として製造され、イタリアやイギリスを中心にヨーロッパ各地に浸透しました。

ヴァージナル
ヴァージナル
スピネット
スピネット

どちらもハープシコードと同じ弦をはじくことで音を出す楽器ですが、ヴァージナルは小型で長方形、スピネットはベントサイドスピネットと呼ばれる翼型をしています。名称が指し示す範囲が曖昧であるため、設計が混同されていることも多いです。

ピアノの原型「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」

ピアノの歴史が大きく動いたのは18世紀初頭。強弱の変化に乏しい従来の楽器に不満を持ったイタリアのハープシコード製作者バルトロメオ・クリストフォリが「ハンマーアクション」を考案し、ピアノを大きく進化させます。
クレストフォリが作ったハンマーアクションは現在のピアノでも使われているピアノの核となるメカニズムであり、彼のアンマーアクションを組み込んだ楽器は「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」と呼ばれました。

クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ

ハンマーアクションは爪で弦をはじくのではなくハンマーで突き上げて音を鳴らすメカニズムです。鍵盤を叩くタッチによって強弱をつけることができるようになり、表現の幅が大きく広がりました。
また、ハンマーアクションにはハンマーが弦の振動を妨げない「エスケープメント」機能も備えられており、音色の明るさ、透明感といった部分においても楽器を大きく進化させます。

ちなみに「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」は強弱をつけることができるチェンバロという意味をもちます。名前が長いことから、短縮して「ピアノ」と呼ばれることになりました。
クラヴィコードやハープシコードを含まない「ピアノ」の名をもつ楽器としての歴史はここから始まったといえます。

イタリアからドイツに受け継がれる製作者の系譜

ハンマーアクションを考案し、ピアノの歴史を一歩前に進めたクリストフォリ。イタリアにおいて後継者が現れなかったため、その技術はドイツのオルガン製作家ジルバーマンに受け継がれることになります。
ジルバーマンはクリストフォリの発明に改良を重ね、ピアノの発展に貢献。そのメカニズムを継承したヨハン・アンドレス・シュタインが次の世代のピアノを作り上げていくことになります。

ウィーン式アクションとイギリス式アクション

「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」の誕生により、大きく進化を遂げたピアノ。
演奏環境が貴族の為の音楽から市民の為の音楽に切り替わっていくと同時に、ピアノ製作者の数も増えていきました。
1751年頃にはヨハン・アンドレス・シュタインが後に「ウィーン式アクション」と呼ばれるアクションを完成させ、ドイツ音楽の発展に大きく貢献します。一方イギリスではヨハネス・ツンペによりクラヴィコードにハンマーアクションを装置したスクウェアピアノが考案され「イギリス式アクション」が誕生しました。
この「ウィーン式アクション」と「イギリス式アクション」の2つの設計を基礎に、19世紀では様々なピアノ製作者、メーカーが生まれていくことになります。

ウィーン式アクションとは

ウィーン式アクションは鍵盤上に取り付けられたハンマーが弦を跳ね上げることで音を出すメカニズムです。「鍵盤の上」に直接ハンマーを配置していることが特徴で、軽やかなタッチと軽快な音色を奏でます。
モーツァルトやハイドン、ベートーヴェンといった古典派時代に流行し、楽器の特性がこの時代の音楽に大きな影響を与えました。
ただ、ウィーン式アクションはピアノが大型化するにつれ「鍵盤が重くなりすぎる」欠点を持つことから衰退をたどります。そのため現在ではウィーン式アクションが用いられることは殆どありません。

イギリス式アクションとは

イギリス式アクションは鍵盤と連結していないハンマーを押し下げることによって、下から突き上げて弦を打ちます。シングルエスケープメント付きアクションとも呼び、現在のピアノで使われているアクションの基礎となった設計です。
ウィーン式アクションと比較するとタッチが重く、和音の演奏に適しています。
この時点ではウィーン式は軽く軽やか、イギリス式は重く、重厚といった特徴があり、古典派時代の作曲家はウィーン式を好む傾向にありました。
ただ、楽器の大量生産やハンマーアクションの大型化が進むにつれ、ピアノの主流はイギリス式アクションが基本になります。エラールやプレイエルといったメーカーの誕生をきっかけに、ウィーン式は表舞台から姿を消すことになりました。

過渡期を支えた一流ピアノメーカー

18世紀の終わりごろまではピアノは一台一台手作りで製作されていました。しかし、19世紀に入るとピアノは工業生産されるようになり、フレームも木製から鉄製への変わっていきます。
この過渡期においては「エラール」や「プレイエル」といった一流ピアノメーカーが誕生し、歴史をまた一つ進めていくことになります。現在でも製造を続けているメーカーは殆どありませんが、この時代のピアノがあったからこそ、今のピアノがあるのです。

ブロードウッド(イギリス式アクション)

ピアノ ブロードウッド

現存する最古のピアノメーカーであるジョン・ブロードウッド&サンズ。ヨハネス・ツンペの発明したイギリス式アクションに改良を加え、現代のピアノの先駆けとなったメーカーとして名声を得ました。18世紀末からハープシコードからピアノの製造に注力するようになり、バランスの取れた音質と優れた音響から演奏家から高い需要を博します。
ベートーヴェンがもっとも愛したピアノとしても有名であり、耳が聞こえなくなった後期の楽曲もブロードウッドのピアノで作曲されました。
会社が最盛期を迎えた1850年代には年間2500台ものピアノを製造した記録が残っており、いち早く工業化に取り組んだピアノメーカーとしても知られます。

アントンワルター(ウィーン式アクション)

アントンワルターは18世紀後半〜19世紀初頭にかけて活躍した鍵盤楽器製作者です。主にウィーンにて活躍し、「帝室・王室宮廷のオルガンおよび楽器製造業者」の称号を得ます。モーツァルトやベートーヴェンといった古典派時代の作曲家からも支持を集め、300以上もの楽器を作り上げました。

ピアノ アントンワルター

アントンワルターの楽器はクラヴィコードとハープシコードの雰囲気をもつ美点を兼ね備えたピアノです。ウィーン式アクションの規範となるアクションを完成させ、後のピアノに大きな影響を与えます。
モデルによって仕様に違いはありますが、黒鍵と白鍵の色が逆、ペダルは膝で押し上げるニーレバー式が基本です。
多くの演奏家や作曲家に愛されたアントンワルターですが、優れた製造技術を持ってしても工業化の波には勝てず、19世紀後半に衰退を余儀なくされます。

エラール(イギリス式アクション)

ピアノ エラール

エラールはフランスとイギリスで活躍したセバスチャン・エラールが創業したピアノメーカーです。
1777年に初めてスクエアピアノを製作し、1796年にはパリにてグランドピアノを作り上げました。
エラール社の功績としては1821年に「ダブルエスケープメントアクション」の特許を取得したこと。
ダブルエスケープメントアクションは鍵を完全に戻さなくても再度打鍵できる画期的な装置であり、この機能により超絶技巧を用いた楽曲の演奏が可能になりました。ショパンやリストなど、ロマン派以降のピアノ曲に技巧的な曲が増えたのはピアノの進化が大きく影響しています。
ちなみにフランツ・リストが13歳でパリデビューを果たした時に使われていたピアノはエラールです。優秀な製作者がいるからこそ、演奏家が輝ける。そのことを改めて思い出させてくれます。
なお、ピアノの歴史を変えたメーカーとして一時代を築いたエラールですが、20世紀に衰退し、現在はピアノの製造を行なっていません。

プレイエル(イギリス式アクション)

ピアノ プレイエル

18世紀の誕生したピアノとして最も有名といっても過言ではないのがプレイエルです。プレイエル社は1807年にパリで創業されたフランスのピアノメーカーであり、一流の技術者と演奏者の協力を得ながらピアノの発展に貢献しました。
ショパンとの関わりが深いピアノメーカーとしても知られ、1832年のパリ公演デビューにおいてもプレイエルのピアノが使用されています。
楽器の特徴としては弾きやすい軽やかなタッチであること。ロマンティックな音色を持ち、ウォルナットを用いた落ち着いたデザインが高級感を放ちます。2013年に惜しまれつつも製造終了となりましたが、今なお世界中の音楽家に愛されています。

演奏環境の変化がもたらしたピアノの進化

20世紀に入ると演奏環境の移り変わりからピアノに大きな音量を求められるようになります。
18世紀頃までのピアノは宮廷や貴族の演奏会に用いられていたため、遠くまで音を響かせる必要はありませんでした。そのため、クラヴィコードやハープシコードといった楽器でも十分実用に足りえたのです。
しかし、19世紀に入り音楽環境がサロンや富裕層の社交場に移ると楽器に音量が求められるようになり、20世紀においてはソロ楽器としてだけでなく協奏曲としてオーケストラの音量に負けない更に大きな音が求められるようになりました。
それに伴いピアノは本体の大きさだけでなくメカニックな部分も大型化していき、音域も広くなっていきます。

ピアノ スタインウェイ

18世紀初頭にクレストフォリが開発したピアノは約54鍵でしたが、1830年頃に製造されたプレイエルのピアノは78鍵にまで音域が広がっています。その後20世紀に入る頃には88鍵がスタンダードとなり、現在のピアノ様式「モダン・ピアノ」が確立されました。
ちなみにピアノ用語として「ピアノフォルテ」と「モダンピアノ」という言葉がありますが、ピアノフォルテは18世紀から19世紀前半の様式のピアノを指し、モダンピアノは20世紀以降に規格化されたピアノのことを指します。これらは現代のピアノとそれ以前のピアノを区別するための用語であり、区別が必要な場合に用いられます。

モダンピアノの特徴

現代のピアノ「モダンピアノ」の規格としては以下が挙げられます。

■金属フレームの採用
■交差方式の弦
■88鍵盤
■ダブルエスケープメントアクション

ピアノ 金属フレーム
ピアノ 交差式
ピアノ 88鍵

モダンピアノはフォルテピアノの時代のような手工業では到底製造できないほどの複雑かつ大規模な製造工程を経て完成します。弦は張力を強くするために更に太い線が巻かれ、骨組みはより強固な鋳物の鉄骨が組まれるようになりました。
1台のピアノで20トン以上張力がかかることは当たり前となり、この時点でピアノは個人や小規模の生産環境では作ることができない工業製品となりました。

スタインウェイ ピアノ

数々のピアノメーカーが衰退していく中、ベーゼンドルファー、スタインウェイ、ベヒシュタイン、YAMAHAといった一流メーカーが今でも素晴らしいピアノを製造し続けています。いずれのメーカーも20世紀以降に製造されたモデルはモダンピアノとしての規格を持っており、その中で独自の個性を生み出しています。
明るく華やかな音色を持つスタインウェイ。深みのある落ち着いた音が魅力的なベーゼンドルファー。色彩豊かな音を奏でるベヒシュタイン。バランスに優れるYAMAHA。
ピアノとしての規格が完成した現代において重視されるのは何よりも「音色」です。
見た目の装飾や素材、アクションの違いによって個性を出す時代は終わり、今は演奏者が求める「音」を追求する姿勢がピアノメーカーに求められています。
これは時代に合わせて進化した結果ではありますが、手工業ならではの繊細さが消えてしまったのは少し寂しくもあります。

楽器を知ることで音楽への理解が深まる

楽器の歴史を知る機会はなかなかありませんが、掘り下げていくと楽器の進化と共に音楽も進化していったことがわかります。エラールのピアノがなかったらリストは有名にならなかったかもしれませんし、そもそもクレストフォリがハンマーアクションを作らなかったら「ピアノ」という楽器自体が衰退していたかもしれません。
古典派時代においては古典派時代のピアノにあった音楽、ロマン派時代においてはその時代に生まれたピアノの特性にあった音楽。楽器のことを知ることで、音楽がより深く楽しめるようになります。
演奏家や作曲家がどうしても注目されますが、楽器職人たちも音楽の歴史にとって重要であることは間違いありません。
ピアノに限らず自分が手にしている楽器がどのような歴史を辿ってきたのか。それを調べてみるのも音楽の楽しみ方の一つです。

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この記事を書いた人

可愛いモノや綺麗なモノが好きなアマチュアヴァイオリン製作家。優れたヴァイオリンを一本でも多く作ることを目標に活動中です。
製作工程や音楽に関する記事を更新しています。

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