2019年4月より 日本バイオリン製作研究会に所属することになりました。

アルノルト・シェーンベルクについて

クラシック作曲家 シェーンベルク

シェーンベルクは十二音技法を創始した近代音楽史において重要な作曲家です。ウィーンにて無調への扉を開き、試行錯誤の末に「十二音技法」を確立させました。

ただ、正直「十二音技法音楽」は人を選びます。

現代を生きる大半の方は十二音技法で作られた音楽を不快に思うでしょうし、私自身も正直好きではありません。

とはいえ、シェーンベルクが作った音楽がどんな音楽であったのかは知っておいた方が良いと思いますので、彼の生涯を交えながら簡潔に説明しようと思います。

無調音楽に理解がある人は日本の人口で0.1%以下ではないでしょうか?。

シェーンベルクが無調へ到達するまで

シェーンベルクはオーストリア ウィーン生まれの作曲家です。8歳の時からヴァイオリンを習い始め、その後チェロを独学で学び、音楽の基礎を形成しました。

代表曲にピアノ曲が多い為、弦楽器が弾けるイメージは余り持たれてはいませんが、実は弦楽器に精通する作曲家でもあります。

アコースティク楽器 生音

音楽に親しみながら幼少期を過ごしたシェーンベルクですが、15歳の時に父がこの世を去るという悲劇に見舞われ、音楽院に進学することなく、私立銀行に就職。夜間に音楽の勉強を続け、実力を磨きました。

意外と苦労人だったのです。

尚、シェーンベルクは最初から無調を目指していたわけではなく、駆け出しのころはブラームスを敬愛しており、交響曲の作曲家を目指していたとされています。

混沌な音楽をひたすら作り上げたイメージが先行しがちですが、普通の曲も書けます。

青年期に作曲された主な曲

 

『ペレアスとメリザンド』

『浄められた夜』

『室内交響曲第1番』

上記はシェーンベルクが若かりし頃に作曲された曲です。この時点ではまだロマン派的なニュアンスが多く残っています。

 

その後シェーンベルクはツェムリンスキーの弟子となり、作曲を修行を本格的に開始。

師の影響や当時絶大な人気を誇ったワーグナーの影響を受け、平凡だったシェーンベルクの作品は徐々に調性の枠を超え、革新的な音楽を変貌を遂げます。

そして数年が経過し、シェーンベルクの調性逸脱はさらに加速します。

1909年に作曲された『3つのピアノ曲』や『5つの管弦楽のための小品』では殆ど調性感が消え、1911年に作曲された『6つの小さなピアノ曲』においてはほぼ無調に到達。

その後に書かれた代表作 歌曲集『月に憑かれたピエロ』にて自身のスタイルを完全に確立しました。

動画の曲は『月に憑かれたピエロ』です。音楽を伴奏とする詩の朗読という斬新なスタイルで作曲され、伴奏は完全な無調となっています。

しかしながらこの曲。余程の聴く音楽の幅が広くない限り、「え?何この曲?」という感想を抱くと思います。

ただ、その感覚は極めて普通なので安心してください。

重要なのは、常人には理解できない曲を作り出した人物であるということを知ることなので。

十二音技法の確立と世間の評価

シェーンベルクの音楽は最初から受け入れられたわけではありません。

当時のウィーンには無調音楽に観衆は耐性がなく、「なんて曲を書くんだ!!こいつヤバイ奴」という評価を受けました。

今聞いてもヤバく聴こえるのですから、当然といえば当然です。

しかし、現代音楽の推進者としても知られる指揮者ヘルマン・シェルヘンらはシェーンベルクの音楽を厚く支持。

彼らが各地で公演を行うことにより、シェーンベルクの音楽は次第に市民権を得ます。

ウィーン シェーンベルク

名声を博すようになったシェーンベルクは「アルバン・ベルク」や「アントン・ヴェーベルン」を弟子に迎え、新ウィーン楽派として活動。

やがて12平均律にあるオクターヴ内の12の音を均等に使用する十二音技法を確立します。

こちらの曲は十二音技法によって作られた『ピアノ組曲 op.25』という曲です。

先ほど紹介した『月に憑かれたピエロ』と同じくよくわからないめちゃくちゃな音楽が演奏されていますが、ピアノ組曲』op.25は12の音が全て現れるまで同じ音を使ってはいけないという縛りルールによって書かれています。

音楽というより数学の域に入ってきており、もはや一般人には理解不能です。

12音技法は緻密な理論に基づいて作られますが、それを詳しく解説するつもりはありません。もし12音技法に興味を持たれたのなら、現代音楽の専門家の解説を参考にしてみてください。

アメリカ現代音楽への「橋渡し役」として

シェーンベルクは第二次世界大戦が勃発した後、1934年にナチス・ドイツから逃れるためにアメリカに移住。

アメリカでは作曲活動を行う傍ら、後続の育成にも力をいれ、「ジョン・ケージ」「ルー・ハリソン」といった後に現代音楽の大御所となる作曲家を輩出します。

現代音楽

シェーンベルクがいなければ、アメリカの現代音楽はここまで進化しなかったといわれており、次の世代への橋渡しを果たしたこともシェーンベルクの大きな功績です。

クラシックの歴史を進め、そしてこれまでのクラシックの歴史を終焉を呼んだ人物。

それこそがシェーンベルクというわけです。

 

その後もシェーンベルクは他界する直前までアメリカで精力的に活動をつづけ、76歳の時に喘息発作によってこの世を去りました。

死後はウィーン中央墓地の区に葬られ、革新的な音楽を作り続けた生涯を象徴する「斜めの立方体」で作られたユニークな墓石が建造されたそうです。

シェーンベルク 墓

シェーンベルクの代表曲

シェーンベルクが世に残した曲は一般的になかなか演奏されることがないため、知名度はありません。

しかしながら、コアなファンからは高い評価を獲得しています。

シェーンベルク 6つの小さなピアノ曲

シェーンベルク 弦楽6重奏 浄夜

最後に

フランスで無調への扉を開いた作曲家はドビュッシーですが、ウィーンにおいて無調への扉を開いたのはシェーンベルクといえるでしょう。

彼が編み出した「十二音技法」は総音列技法「セリエル音楽」へと発展し、やがてクラシック音楽の在り方そのものを変えていきます。

ただ、以降の音楽はクラシック音楽でありながらもクラシック音楽にあらず。

プロの奏者や作曲家でもない限り、興味をもつ人だけが知識を深めていけば良いと思います。

バロック時代から発展したクラシック音楽が最後にどんな音楽になったのか。シェーンベルクを知ると同時に無調のイメージが掴めたのなら幸いです!

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