誰が見ても美しいと感じる完璧な様式美を備えるヴァイオリン。演奏に興味ない方でも、一度は弾いてみたいと思ったことがあるはず。そんなヴァイオリンですが、いつ頃から存在しているかご存知でしょうか?
今回は誰がヴァイオリンを最初に作ったのかを解説します。
ヴァイオリンの原型は1520年台に完成
現在一般的に知られている「指板にフレットがなく、曲線的なボディにf字孔が空いている」ヴァイオリンの原型は1520年代に完成されたといわれています。この原型が生まれたのはストラディヴァリウスで知られるイタリア・クレモナではなく、さらに北にあるロンバルディア地方のブレシアという古都です。
ブレシアは中世以来の金属加工と武器製造の伝統を有し、兵器の生産地としても知られてきましたが、実は木彫りの伝統工芸品を扱う街でもありました。そして、この街で木彫り職人として暮らしていた「ガスパロ・ダ・サロ」という人物こそが現在のヴァイオリンの原型にほぼ近い楽器を作ったとされています。
手工芸品を営む商人の家に生まれた「ガスパロ・ダ・サロ」はヴァイオリンの原型に近い作品を残した弦楽器製作家でもありましたが、多くの時間を古楽器ヴィオラ・ダ・ガンバやコントラバスの製作に費やしており、厳密にはヴァイオリン製作者というより大型系の弦楽器製作者だったといえます。
その後「ガスパロ・ダ・サロ」は弦楽器に興味がある人なら一度は聞いたことがあるであろうアマティ家の初代「アンドレア・アマティ」の師匠となり、クレモナにてアンドレア・アマティの工房を開設します。これこそがヴァイオリン製作の聖地クレモナの誕生であり、のちに名作を生み出すガルネリ、ストラディヴァリへの礎となったのです。
ヴァイオリンの原型はクレモナでストラディヴァリが作り上げたと思われがちですが、実は違います。
ヴァイオリン製作の歴史はアマティ家から始まる
ガスパロ・ダ・サロの弟子であるアンドレア・アマティ。このアンドレア・アマティという人物は只者ではありません。
アンドレア・アマティはクレモナの小貴族であり、クレモナ音楽界の重鎮であり、弦楽器製作家でもあるという凄まじい人物だったのです。もともとは演奏家のためにリュートやビオラ・ダ・ガンバといった中世古楽器を製作していましたが、これらの楽器は当時維持費が高く、調弦も難しいため、庶民には浸透しづらい楽器でした。
そこでアンドレア・アマティは弦楽器の可能性を広げるため、ガスパロ・ダ・サロの元で修行を積みます。
彼が作る弦楽器の形に弦楽器の未来を感じたのでしょう。
そしてアンドレア・アマティは、1566年にヴァイオリンとして銘器と評価されるヴァイオリンを完成させます。その仕上がりは素晴らしく、アンドレア・アマティの作る弦楽器(ヴァイオリン)は凄いと欧州中で名声を博すことになったのです。
弟子でいう立場ではありますが、社会的地位はガスパロ・ダ・サロよりアンドレア・アマティの方が上だったのではないでしょうか?
その後、アンドレアの息子ジローラモ・ヒエロムニス・アマティも弦楽器製作者としての道に進み、さらにアンドレアの孫に当たるニコロ・アマティも弦楽器製作者となります。このニコロ・アマティという製作者は現代においても高く評価されている素晴らしい職人ですが、この名匠もアンドレア・アマティ、ガスパロ・ダ・サロがいなければ生まれなかったのです。
さらに言うと、ニコロ・アマティが生まれなければ、のちにニコロ・アマティの弟子となるストラディヴァリも名匠に育たなかったかもしれません。
クレモナと2つの河川
クレモナはイタリアが誇る大都市ミラノからおよそ90キロのところに位置しますが、このクレモナがヴァイオリン製作の聖地となったのには理由があります。
その理由を紐解く鍵となるワードは「ポー河とアッダ河」です。
クレモナはロンバルディア州という地域に属しますが、この地域には広大なロンバルディア平原に加え、ポー河とアッダ河という河川が流れています。実はクレモナという街はその2つの河川が交わる場所のすぐ東にあり、中世の時代から様々な資源が河の流れに乗って運ばれてきた歴史があります。つまり、交通や運搬に最適な街だったわけです。
とりわけ良質な木が運ばれてくるのは弦楽器製作者にとって非常に都合がよく、アンドレア・アマティの工房が開かれる前からすでに木を専門的に扱う職人が多数存在していました。
そもそもが木工職人の街であったのに、さらにアンドレア・アマティというクレモナ音楽界の重鎮による画期的な弦楽器のフォルムの誕生。
最初からクレモナは弦楽器の聖地として条件が整っていた街だったというわけです。
まとめ
ヴァイオリンの原型を作ったのはブレシアの弦楽器職人「ガスパロ・ダ・サロ」です。ただ、この様式を完成させ、定着させたのはアマティ家の初代職人「アンドレア・アマティ」と「クレモナという街」だったのではないでしょうか。
アマティとクレモナ。やはり多くの人が知っているキーワードは、それだけ歴史上で重要というわけですね。