ヴァイオリン製作は最初に横板を作り、その後「表板」と「裏板」の製作に移るのが基本の流れです。前回で横板が仕上がったので、今回からは「表板」と「裏板」の製作に取り掛かります。
この記事で行うのは木材の「切断」そして「剥ぎ合わせ」です。
表板と裏板は材料が2つ折りになっている状態なので、これを切断し、1枚の板として接着していきます。
裏板をノコギリで切断する
表板と裏板はどちらから切断しても構いませんが、今回は切りやすい「裏板」から切断します。
裏板は材料にもよりますが、もともと切れ目が入っていることが多く、「切れ目の端」を切るだけで、パキッと綺麗に割れます。表板に比べ、裏板は硬く切断が大変なため、できれば切れ目の入った木材を購入することをオススメします。
木の中は既に綺麗に割られている状態なので、画像の部分を下までノコギリで切るだけで綺麗に切断することが可能です。
ノコギリで切断すると、このような断面図の板が2枚出来上がりました。2枚に切断された板は台形になっているため、「片側が厚くもう一方側が薄く」なっていることが特徴です。
まず全体的に軽くカンナをかけます。
全体的にカンナを薄くかけたら、次は「厚くなっている側」の表面を更に綺麗にカンナをかけます。2枚の板を接着する時、両方の「厚い側」同士を接着させるため、表面をカンナで削って「杢目を見やすく」しておいた方が作業しやすくなります。
カンナをかけると杢目がくっきりしてきます。
中央付近はできる限り平らにしておかないと、側面を平らにする時に作業精度が下がるので、キッチリと平らにしておきましょう。この際、60cmの精密定規などを使うと、平らになっているかどうかがわかりやすいです。
表板をノコギリで切断する
次は表板を切断していきます。表板の素材はイタリア産「スプルース」。裏板の「メイプル」よりも柔らかく、切りやすいです。
裏板とは違い、表板は切れ目が入っていないため、自分で真っ二つに切断する必要があります。(素材による)
まず最初の工程は底面をカンナで平らにすることです。底面がガタガタだと、正確に切断することができないので、綺麗に平らにしましょう。
底面を綺麗に整えたら、板の側面の中央に「垂直の線」を書きます。この線がノコギリで切る目安となるため、ズレないように丁寧に書きましょう。
側面に線を書き込んだら、その線を基準に表板全体に中心線を書き込んでいきます。これもできる限りズレないように書きましょう。
書き込み終えたら、書き込んだ線に沿ってノコギリで切断していきます。線が見える部分は綺麗に切れていても、板の中や線が見えない下の方は曲がって切れていることがあるので、真っ直ぐ切ることを心掛けましょう。
片側からずっと切ると切りづらいし、曲がります。ですので、両面から少しずつ交互に切っていくのがベストです。リカバリーしやすい工程でもあるため、焦らずゆっくり作業しましょう。
切断すると裏板と同じく2枚に分かれます。切った直後は表面がデコボコしている為、カンナで綺麗に整えます。
ただ、これは完璧でなくても大丈夫です。
そして裏板の時と同様に「厚みのある側」の表面を杢目が見やすいようにカンナで削ります。
綺麗に整えたら表板の切断も完了です!
なお、木材によっては右と左で高さが大きく異なることがあります。もし左右の高さが違って作業がしにくい場合は、写真のように一度左右を並べから「カンナ」で均等に整えておきましょう。
表板と裏板の微調整
ここまでの工程で表板と裏板をそれぞれノコギリで切断し、表面をカンナがけをしました。そしてここからは2つに分割されている表板と裏板をくっつける「剥ぎ合わせ」通称「剥ぎ」と呼ばれる工程に入ります。
工程1.接着面をカンナで整える
まずは接着する面をカンナで整えます。ここで隙間が空いてしまうと楽器そのもの強度や音色に問題が生まれてしまうため、少しの隙間も許されません。
表板・裏板どちらから始めても構いませんが、私は裏板から削ります。
まずは作業がしやすいように作業台をうまくカスタマイズします。準備ができたらカンナで「微修正」を残すのみのところまで削ります。裏板は固く削りにくいため、削るには力が必要です。
表板は裏板よりも柔らかいため、若干削りやすくなります。こちらも残すは「微修正」になるくらいまで削りましょう。
工程2.表板と裏板の微調整
さて、ここからが剥ぎ合わせの難しいところ。今度は板を接着面をバイスではさみ、微調整をしていきます。板がブレてしまうと精度の高い作業ができないため、2つのバイスを使って安定した状態で削るのがポイントです。
また、カンナの刃の切れ味が落ちていると、なかなか平らに削り上げることができません。作業前によく刃を研いでおきましょう。
削る順番は裏板→表板がベスト。硬い裏板から作業をする方が慣れてから、感覚が掴みやすく、失敗しにくいです。
基本的には完全なるフラットな状態を目指しますが、真ん中付近に微妙に隙間があるのが理想です。うっすら隙間がある方が、ニカワをクランプで挟むときに綺麗な接着になります。(0.5mmほど)
人によって側面のチェック方法は様々ですが、私は2枚の板を写真のように縦に配置し、隙間がないかチェックしています。完璧に平らになっていれば、重ねた時にピッタリと張り付くため、あまり板は動きません。
チェック方法のあれこれ
・片側を持って下方向に圧力をかける→反対が少しでも浮いたら接着面に歪みがある。
・正面だけ出なく、裏面もよく見る→正面と裏面で隙間の空き具合が異なっている場合、接着面が斜めになっている。
・接着面と底面は直角になっているか→いつの間にか板自体が斜めに傾いていることがある。
この工程を妥協すると、ヴァイオリン製作はうまくいきません。ピッタリ合うまで、微調整の繰り返しです。
何回もトライ&エラーを繰り返し、側面(接着面)がフラットになったら、一度大型クランプで挟んで隙間がないかチェックします。もし隙間があったら微調整のやり直しです。
チェックの際は肉眼だけでなく、ライトに当てて念入りにチェックしてください!ライトの光で影を消すことで、的確なチェックが可能になります。
なお、表板をチェックする時は大型クランプの両サイドに保護用の木板を配置してください。表板は裏板よりも柔らかいスプルース素材が使われているため、クランプで強く挟むと破損してしまう恐れがあります。
木板をクランプとの間に配置して挟むことで、破損を防ぐことができます。
ライトを当てて細かくチェックし、問題なければ次はいよいよ接着です。
表板と裏板の接着
ついに表板と裏板をそれぞれ接着し1枚の板としますが、この作業は難関になります。接着は今まで通りニカワを塗っての接着になりますが、いかんせん今回はかなりのスピートが必要。ゆっくり作業すると、接着面を削るところからやり直しになります。
ここでもまずは裏板から。接着する位置を決めるため、ペンでクランプの位置と中央位置を書き込みます。
ニカワを塗る前にドライヤーで木材を温めます。木が冷たいとニカワの固まるスピードが早くなり、失敗へと繋がってしまいます。
剥ぎ合わせの接着工程は以下の通りです。
1.片方の板を2つのバイスで挟む。
2.すぐに接着できるように、もう1枚の板を隣り合わせにスタンバイ。
3.ニカワをつけた太筆で、左右の板を同時に端から端まで力強く塗る。
4.左右の板を上下に組み合わせ、体重をかけながらすり合わせる。
スピード感と正確性が重要なので、言葉では表現できない難しさがあります。
また、最速で行動するための下準備を徹底することも大切です。
板と板がピッタリ合うように接着したら、再度大型クランプで挟んで、ちゃんと接着できているかチェックしましょう。
もちろん、ここで隙間があってはいけません。
もし仮に隙間があった場合、ニカワが固まって層ができてしまったということなので、作業はやり直しとなります。(側面の調整から)
この作業の制限時間は冬場であれば数十秒しかなく、これも「剥ぎ合わせ」が難関工程と呼ばれる理由の一つです。
無事に接着できていた場合、はみ出たニカワを木片などで取り除きます。
お湯で湿らせた布等で拭き取りますが、必要以上に水分を与えてニカワの接着力を落とさないようにしましょう。
これで裏板の接着は完了です。あとは1日乾かします。
裏板が終わったら、表板も接着します。
基本的な工程は裏板と同じなので割愛しますが、接着面をドライヤーで温めてから作業することを忘れないでください。
接着が完了したら、速やかにニカワを掃除して表板も完了。これで左右に分断されていた表板と裏板がそれぞれ1枚の板として生まれ変わりました。
ニカワを使う作業はスピード感が大切ですが、この「剥ぎ合わせ」の作業は特にそれが顕著です。
素早い作業に苦手意識がある方は、ヴァイオリンと関係のない木材をつかって練習してみてもいいかもしれませんね。
剥ぎ合わせ作業の際、2枚の板がねじれて接着しないように気をつけてください。接着面がちゃんと平らになっていれば接着自体はできますが、その後の作業で板を平面にする際にねじれを取るのが大変です。
ヴァイオリン製作において難関工程にあたる剥ぎ合わせ。木材を切断してカンナで整えて接着するという、言葉にすると単純な作業ですが、隙間なく接着面を平らにするのはかなり難易度が高く、なかなかうまくいきません。
カンナをかける技術はもちろんのこと、接着においてはスピード感も求められるため、最初は苦労することになると思います。
学生さんであれば1週間カンナをかけ続けることもあるようで、剥ぎはヴァイオリン製作最初の鬼門といえるでしょう。