時計はどのように発展してきたの?以外と知らない歴史のまとめ

今では当たり前のように存在している時計。しかし、時計がどのように発展してきたか知ってる人は意外と少ないです。

そこで今回は日時計、塔時計、懐中時計、腕時計と発展してきた時計の歴史を紹介しようと思います。時計に興味がある人は是非一読してみてください!

機械式時計 歴史

日時計〜水時計の時代

時計の歴史は太陽の動きが木や岩などの影をつくり、その影の動きを追うことで時間を計った「日時計」から始まりました。これは古代の時代から長らく使われており、紀元前200年頃に水時計が開発されるまで続きます。

日時計

日時計はその名の通り「日が」出ている時しか使えないため、水時計を中心にろうそく時計・ランプ式時計・砂時計の開発とともに廃れていきました。現在では洋風建築の建物にオブジェとして使われていることがあります。

塔時計の時代〜小型化の始まり

機械式時計の誕生は1336年頃にイタリア・ミラノにある宮殿礼拝堂に取り付けられたのが最初ではないかといわれています。当時の機械式時計は「錘」を利用して内部機構を動かす構造となっており、現在の機械式時計と比べるとかなり簡易的なシステムでした。

その後、機械式時計は公共時計としてヨーロッパ各地に配置され、別名「塔時計」と呼ばれるようになります。映画やゲームにもよく見られる建物に取り付けられるアレです。

塔時計

そして1500年頃にはドイツ人錠前師のペーター・ヘンラインが「ゼンマイ」を原動力とする時計を発明し、精度が大幅に上昇。この頃から時計の小型化も始まり、1600年に入ることには人が持ち歩けるほどのサイズ感になります。

ちなみに、日本に初めて機械式時計が伝来したのは1551年にフランシスコ・ザビエルが来日した時ですが、当時の日本は不定時法と呼ばれる現在とは違う時刻制度をとっていたため、欧州とは違う発展をしていきました。

17、18世紀に時計が大幅に進化

17、18世紀は様々な機構が発明され、時計の歴史が一気に進んだ時期です。主な発明は以下の通りとなります。

■1675年 クリスチャン・ホイヘンス(オランダ)が「振り子時計」及び現在の機械式時計の基礎となる「調速機」を発明。

■機械式時計の小型化が進み、懐中時計が時計の主流となる。

■エナメル装飾、クロワゾネといった装飾を用いた時計が次々と誕生。

アブラアン・ルイ・ブレゲ(スイス)が「トゥールビヨン/ミニッツリピーター/パーペチュアルカレンダー」といった複雑機構を次々と開発。

ホイヘンスが現在の機械式時計の基礎を作り、さらにブレゲによって時計は一気に実用的かつ芸術的なモノとなりました。余談ですが、この時期はクラシック音楽史ではバッハ・ヘンデル・ベートーヴェンが活躍し音楽の礎を築いた時期でもあり、ストラディヴァリがヴァイオリンの備える様式を完成させた時期でもあります。

音楽界と発展した時期が似ている点は興味深いです。

懐中時計の覇権争い

時計が産業として発達したのは16世紀末からで、製造はイギリス・フランスが中心でした。

写真は初期の懐中時計です。当時の時計はエナメル細工やクロワゾネを用いた工芸品としての側面が強かったとされています。と、いうのもクラシック音楽と一緒でこの時代はまだ時計は貴族のモノとして扱われていたため、一般向けに作られるものではありませんでした。

そのため、コスト云々ではなく、いかに高貴な存在感を放つかが時計としてのポイントだったのです。

18世紀に入る頃には庶民にも時計が行き渡るようになり、大国であったイギリスが時計製造の覇権を握ります。デザインも現在の時計に近づいたことがわかります。このころには多くの懐中時計製造メーカーが生まれ、名作が次々と世に放たれました。

ただ、この勢いは1世紀ほどで終焉を迎え、19世紀前半にはイギリスは主要時計製造から脱落します。その理由はスイスの台頭と、イギリスが職業別組合のシステムから脱却できなかったことが原因です。

なんでスイスが時計界の中心となったのか?

スイスが時計界の中心となったのは、16世紀にマルチン・ルターによって引き起こされた宗教改革、及び北フランスでおこったカルヴァン派による宗教改革運動の影響が大きいです。深いところまで突っ込むと世界史の話になるので割愛しますが、内容はこんな感じです。

・17世紀にフランスで宗教改革が過激に

・カルヴァン派(プロテスタント)はフランスから出て行け!

・スイス ジュネーブはプロテスタントの都市だからカルヴァン派の信者が亡命

・もともとフランスで時計を作っていた技師たちが時計技師としてスイスで活躍

・スイスが国をあげて時計産業の発展を図る

このような歴史の流れからスイスは世界一の時計大国となりました。

ちなみにフランスは大量にスイスに技師が流れたことで時計生産国として衰退。イギリスは職業別組合(ギルド)のしがらみが強く、利権問題も相まって18世紀をピークに時計生産国としては衰退します。

一方、スイスは分業制を取り入れ、時計大国となるべく新たなるシステムを導入します。簡潔に説明すると、半完成ムーブメント製造メーカー(エボーシュ)と組み立てメーカー(エタブリスール)にわけ、生産性を大きく向上させました。また、力のあるメーカーはムーブメントの製造も、時計の組み立ても自社で全て行う方式「自社一貫生産」をとり名を馳せます。世界一の時計メーカーと呼ばれるパテックフィリップなどはこれです。

機械式時計の衰退

19世紀後半に入るとアメリカが大量生産方式によって懐中時計を安く開発。ウォルサムやハミルトンといった有名時計ブランドが登場します。日本からもセイコー・シチズンといったブランドが台頭し、時計界は新たなる時代へと突入しました。

20世紀に入ると2回の世界大戦によって多くのブランドが姿を消し、1969年にはクオーツ(電池で動く)時計がセイコーから開発されたことによって機械式時計の需要が大幅に減ります。クオーツ時計はコストも安ければ精度も高いので、実用性という点で機械式時計はメリットがなくなってしまったわけです。

これにより、時計産業は一気に衰退。現在も残っている時計ブランドを除き、かなりの数の時計メーカーは姿を消しました。特にドイツブランドは戦争の影響が強かったため、現在も残っているメーカーは僅かです。

安価で大量生産が時計の基本に

クオーツ時計の誕生以降、時計はクオーツ式による安価で大量生産であることが当たり前になりました。さらにはデジタル時計・電波時計・アップルウォッチといった電子化が進み、とても利便性が高くなります。高級品であった時計は一気に日常品となり、生活の一部へと定着していったわけです。

現在では年間約10億個の時計が生産され、国内市場規模は4500億円という大きなマーケットとなっています。

機械式時計も死んでいない!

確かに時計の主流はクォーツ時計となりました。水晶振動子の精度は機械の歯車の約100倍ともいわれており、使い勝手では機械式時計は勝ち目がありません。しかし、だからといって機械式時計が完全に過去のモノになったのかといわれると、そうでもないのです。

実は1990年代頃から、機械式時計ブランドの努力や業界再編により機械式時計は最注目されるようになっています。クォーツ時計が浸透した今だからこそ、機械式でしか味わえない魅力的な機構や装飾の美しさといった「伝統と歴史の素晴らしさ」が広まっているのだと思います。

実用品としての時計ではなく”趣味性の高い高級アイテム”としての側面は大きくなりましたが、機械式時計の需要は中世の時代から尽きることなく続いているのです。

機械式時計

まとめ

日時計から塔時計、懐中時計への進化。さらにはペーターヘンライン(ゼンマイ)、クリスチャンホイヘンス(調速機)、ブレゲ(様々な複雑機構)たちの功績により、時計は大きく進化していきました。時計製造もフランス、イギリス、スイスと本場が移り変わり、現在ではスイスを中心に世界中で時計が愛されるようになっています。そして、時代はクオーツ時計主流になっても、過去からの遺産は今でも生き続けています。

今まで機械式時計に興味なかった人も、歴史を追ってみると案外欲しくなってくるかもしれません。

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