ヴァイオリンは複雑かつ緻密ないくつもの工程を経て、楽器として、そして美術品として職人の手によって生み出されます。
ここ記事では私が1本目のヴァイオリンを作り上げた時の資料を元に、製作チャートを作りました。
製作初心者の方、独学で楽器を作られている方の教科書がわりに活用していただければ幸いです。
木材の買い付け
楽器製作はまず木材の買い付けから始まります。
購入先は国外から材料を仕入れるか、国内の弦楽器輸入卸から購入するのが一般的です。
購入する主な木材は裏板・表板・横板・ネックの4種類。セットで購入することができるので、一式揃えます。ちなみにヴィオラ→チェロと楽器のサイズに比例して価格も高くなります。
ヴァイオリンの材料としては3万〜4万円が基準です。
チャート1.横板の製作
ヴァイオリン製作はまず横板の製作から始まります。横板が楽器の大きさやフォルムの基準となり、そこから裏板と表板を作り上げていきます。
横板の最初の工程はブロック製作です。ブロックはヴァイオリン本体の柱になる部分であり、それぞれボディ部分の「上・右上・右下・左上・左下・下」の計6
ブロックを製作したら次は横板の厚みを調整します。購入した横板の木材は仕上げサイズよりも厚みがあり、表面もザラザラしているので、これを均一かつ綺麗に整えます。
工程は櫛刃をつけたカンナである程度の厚みまで削り、そこからスクレーパーで最終調整を行います。モデルによって幅が異なりますが、厚み1.1mm前後・幅30mm前後が基準です。
3〜4枚全て均一に整えたら、ベンディングアイロンを使って型枠に合わせて横板を曲げます。曲げ終えたらブロックをテンプレートに合わせて削ったのち、Cバウツ→ロウアーバウツ/アッパーバウツの順にニカワで接着します。
2日に分けて横板の接着ができたら、補強パーツであるライニングを作ります。ライニングはスプルース材を使い、横板同様にベンディングアイロンで曲げ、ニカワで接着します。
表側裏板側の2箇所に取付けるため、6パーツ×2パーツ計12パーツが必要です。
チャート2.裏板の製作
横板を組み上げたら、次は裏板の製作に入ります。
裏板と表板は同じ工程が多いので、どちらから進めても構いませんが、固い裏板から作業を進めた方がスマートです。
まず行うのは「剥ぎ合わせ」の工程です。購入したばかりの木材はまさに木の塊なので、これを切断して、2枚の板を剥ぎ合わせます。
接着面を完璧に平らにしなくてはいけないため、難関工程の1つです。
剥ぎ合わせを終えたら、横板を取り出してアウトラインを裏板に書き込みます。この書き込んだ線を基準に電動ノコギリでカットすることで、裏板はヴァイオリンらしい形に近づきます。
切り抜きに失敗すると作業はやり直しとなるため、あらかじめ電動ノコギリの扱いに慣れておくのが大切です。
切り抜きを終えたら、ここからはひたすらに木材を掘っていく工程に入ります。まずは第1段階の荒削りを行い、ヴァイオリン特有のアーチを作り上げつつ、厚みを削っていきます。
ちなみに側面の厚みの基準は約4mmです。
一通り荒削りを終えたら「パーフリング」を入れます。ヴァイオリンには縁に黒い線がありますが、これは書いたものではなく、専用の木材を入れ込んだものです。
見た目の美しくなることは勿論のこと、耐久性をあげる意味もあり、パーフリングカッターと呼ばれる工具を用いて溝を掘り、ベンディングアイロンで曲げたパーフリング材を埋め込みます。
パーフリングを入れたら、あとはアーチの完成を目指して「ノミ・豆カンナ・スクレーパー」を駆使しして美しく形を整えていきます。
注意点は薄くしすぎないこと。裏板を薄くしすぎてしまうと振動を響かせる力が弱まってしまうため、鳴らない楽器となってしまいます。
表面のアーチを仕上げたら、裏板をひっくり返し、楽器内部を掘ります。
最終寸法は中央5.0mmから外に4.5mm→3.8mm→3.2mm→2.7mm。(例)
段階を踏みながら厚みを削っていき、完成計の厚みまで整えます。
チャート3.表板の製作
裏板を作り終えたら、次は表板を作ります。
主な工程は裏板と同じですが、表板は裏板よりも材質が柔らかいので、勢い余って削りすぎないように注意する必要があります。
剥ぎ合わせ、切り抜き、荒削り、パーフリング入れ。ここまでを裏板と同じように作り上げます。スプルース材である表板は裏板よりも木がめくれやすいので、削る方向にも気を使わなくてはいけません。
アーチの仕上げ工程から表板特有の作業が加わります。
その代表格は「f字孔」です。ストラディヴァリをベースなのかデルジェスをベースにしているのかで形が異なり、テンプレートや参考書を活用して表板に書き込んでいきます。
「f字孔」の位置が決まったら、穴を開けて、ナイフで「f字孔」を作り上げます。「f字孔」の美しさはヴァイオリンの完成度を左右するため、緊張感のある工程です。
国や製作者によって様々な癖があるらしく、個性の出やすい部分かもしれません。
無事に「f字孔」が作れたら、表板をひっくり返して内部を掘っていきます。「ノミ→豆カンナ→スクレーパー」を使って各部分の厚みを整え、参考にしているモデルを基準に仕上げます。
ただ、表板はこれで完成ではなく音の良し悪しを決める「バスバー」の製作を行わなくてはいけません。この工程は木材を表板内部の形に合わせる非常に難易度の高い工程であり、何回も何回もひたすら削り続けることになります。
f字孔を作り、バスバーを接着したら表板も完成です。この時点で横板・裏板・表板の3パーツが完成したことになるので、ニカワをつかって箱の形に接着させます。
なお、閉じる前ラベルを作っておくことも忘れないでください。ラベルには製作年や作者の名前などを書き入れますが、絶対的なルールはないので、個性的なラベルに仕上げるのも楽しいと思います。
チャート4.ネックの製作
横板・裏板・表板の3つを組み合わせることでヴァイオリンの箱部分が出来上がりました。
ただ、ヴァイオリンを完成させるには、箱に組み合わせるための「ネック」が必要となるため、こちらも工程に沿って木材をヴァイオリンの形に作り上げていきます。
まず最初に行うのは木材を平らにする為にカンナがけをすることです。木材を平らにすることはヴァイオリン製作の基本であり、ネックに関してもそれは変わりません。
均一に平らに整えたら、テンプレート通りに寸法を書き入れます。この際にズレて書き込んでしまうと、完成するネックもズレてしまうので慎重に作業を行う必要があります。
寸法を書き入れたらボール盤でペグの穴を入れ、同時に書き込んだアウトラインに沿って電動ノコギリでネックの形に切り抜きます。
切り抜き終えたら、手順に沿って点や線を書き入れていき、ヤスリやノミを使って少しづつ立体的に仕上げます。
ある程度の骨組みが作れたら、いよいよ渦巻き部分(スクロール)を彫ります。木工初心者にとっては敷居の高い工程に思えますが、緻密な製作チャートが先人達によって築かれているので、一つ一つ段階を追って作業を進めれば完成させることが可能です。
また、同時に弦を巻き上げるためのペグボックスもこの時点で作成しておきます。穴を広げすぎてネックを貫通させてしまう危険を秘めているので、大胆かつ繊細に作業を行うことを心がけましょう。
スクロールの製作という山場を終えたら、次に行うのはネックの背面の彫刻です。ネックは渦巻き部分の彫刻にどうしても目が行きがちですが、背面も独特な形に削られています。
こちらも工程に沿ってノミを使って削りますが、スクロールほど難しくはありません。
ちなみに、この作業と同時に指板の調整も始めます。
購入する指板の良し悪しによってどれだけ調整するかは異なりますが、主にアーチの形と厚みを整えます。
ネックの製作もいよいよ大詰め。最後はネックの持ち手とナットを作ります。
持ち手の製作は奏者が弾きやすいように工夫しなければならない工程で、太さや親指に引っ掛ける部分など、見た目よりも作業に神経を使います。
また、持ち手は丸みを帯びていますが、適当に丸めれば良いというわけではありません。細かな寸法通りに削る必要があり、この工程もヴァイオリンに良し悪しに大きく関係します。
ナットに関しては細かなパーツになるため、少しづつ繊細に削っていきます。やり直しが効くパーツなので、納得のいくものを作りましょう。
チャート5. 接着とニス塗り
ネックが完成したら、先に作り上げた本体と接着させ、白木ヴァイオリンを完成させます。
単純にくっつけるだけと思われる方が多いですが、実はネックと本体の接着は非常に難易度の高い難関工程です。角度や厚みなど、あらゆる項目を正確に合わせる必要があり、高度な技術が求められます。
主な調整項目は以下の通りです。
◆ネック長・・・130mm
◆プロジェクション・・・27mm(〜28mm)
◆ステップ・・・6mm
◆左右の振れ
ネックをはめ込んだ際に寸法通りにならなければ、微調整を繰り返すことになります。
剥ぎ合わせやバスバーと共に、ヴァイオリン製作の鬼門となる工程です。
無事にネックと本体が接着できたら、この時点で楽器を綺麗にクリーニングします。スクレーパーや紙ヤスリ(#320 #400 など)を使って表面を磨きあげ、仕上げとしてボタンのパーツを整えれば白木ヴァイオリンの完成です。
白木ヴァイオリンができたら、ヴァイオリンの個性を決定づけるニス塗りの工程に入ります。
「アルコールニス」もしくは「オイルニス」を使って何度も何度も塗ることで、ヴァイオリン独自の美しい輝きを作り上げます。
なお、ニスの塗り方や配合は職人によって様々な考え方や塗り方があり、正解はありません。レシピが無数に存在するため、理想のニスを追求するために日々研究する必要があります。
チャート6. セットアップ
白木ヴァイオリンを作り、ニスを塗ったらヴァイオリンは殆ど完成となります。しかし、最後に待つのが「魂柱立て」と「駒調整」を含むセットアップです。
完成が見え、一気に仕上げたいところですが、それを阻む難関工程が待ち構えます。
セットアップ工程でまず行うのは「ペグ・指板・サドル」の製作です。これらの工程はどれから始めても良いので、一つ一つ確実に作業をこなしましょう。
どの工程もチャート通りに作業をしていけば、完成形が見えてきます。
必要なパーツ全てが揃ったら、セットアップの最終工程「魂柱立て/指板接着/駒調整」へと進みます。この工程はヴァイオリン製作最後の難関工程であり、初心者にとってはまさに出来る気がしない心をへし折る作業です。
魂柱立てはf字孔がボロボロになるまで何回も何回もチャレンジしなくてはならず、駒調整は100本単位で練習しないと一人前になれないとも言われています。
アマチュア製作者がワンランク上に上がるためには、この作業のレベルアップが欠かせません。
魂柱立てと駒調整という最後の難関がクリアできたら、ついにヴァイオリンの完成です。
「裏板・表板・横板・ネック」4つの木材は数多くの工程を重ねるごとにヴァイオリンの形に近づいていき、接着→ニス塗り→セットアップ工程を経て遂に、楽器に生まれ変わりました。
技術的に未熟な拙い記事ではありますが、ヴァイオリンがどのように作られるのか大まかなイメージは掴めたかと思います。
今作はストラディヴァリのベッツというモデルをベースに製作を行いましたが、ヴァイオリンにはまだまだ無数の名作が存在します。
忠実にコピーを行うのもよし。自分なりのオリジナリティーを出すのもよし。
ヴァイオリンの可能性は無限大です。
今後もヴァイオリンを作り上げながら更なるコンテンツの充実を図りたいと思いますので、他の記事も是非楽しんでいってください。